売春の自由党→ UNIDOS → SWASH の歴史(その1・第二版)
3.宮台真司は児童売買春を奨励していない
4.従軍慰安婦問題との関係
5.なぜ LGBTQA なのか?:20世紀へのノスタルジー
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1.要約
SWASH の成立は 1992 年、転向右翼反北朝鮮の政治運動家、佐藤悟志が売春の自由党を立ち上げたことに遡ります。それが遅くとも1997年までに、京都大学の院生などを抱える任意団体 Uphold Now! Immediate De-criminalization of Sexwork!(UNIDOS, かつてホームページを Geocities に開設していた[http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6967]が同サービス終了と共に消滅した模様)と提携しました。その後1999年に任意団体 Sex Work and Sexual Health(SWASH)が発足します(松沢呉一、スタジオポット編『買春肯定宣言:売る売らないはワタシが決める』、ポット出版、2000年;SWASH編『セックスワーク・スタディーズ』、日本評論社、2017年)。なお、後者の資料にある SWASH公式サイト(http://www.swashweb.sakura.ne.jp/ )は、現在新 URL(https://swashweb.net/ )に移行し、SWASHの歴史など活動内容も閲覧可能です(https://swashweb.net/page-17/, 2023年3月23日閲覧)。
3つの団体名が示すとおり、目的は売買春の合法化です。
ですが誤解しないでください。SWASH は反社会勢力やポン引き、スカウトに搾取されず、性産業従事者の安全を守る売買春産業へと現状を変え、従事者および退職者の人権が保障される社会形成を目標に掲げています。
売買春の是非はこれからも大いに、丁寧に議論を積み重ね、必要な法改正を求めなくてはなりません。なので SWASH に反対する立場としては、その主張を論理的に解析していかなければ公平を欠いてしまいます。同じ議論のテーブルに着くことができず、ただの野間しり合い、おっと失礼、罵り合いに終始してはいけません。
加えて今回のタイトルには→を用いましたが、御注意ください。売春の自由党、UNIDOS、SWASH はすべて別の団体です。発展的解消として生まれたものではありません。「SWASH の活動 1999〜2014」にも、最初の2つの団体に関する記載はありません。つまり SWASH を反北朝鮮団体と受け止めるのは間違いです。ここは最初に強調しておきます。
ここまでで混乱なさる読者もおいででしょう。頭が真っ白になっておられるかも知れません。
SWASH や関係する学者の非難を期待しておられる読者は、がっかりなさっていますか。ちょっと我慢して先をお読みください。そしてもう一度この「要約」に戻って読み返していただけると幸いです。
また、御存知の方は「SWASH の歴史 1999〜2014」(https://swashweb.net/wp-content/uploads/2023/02/ABOUT_SWASH-1.pdf, 2023年3月24日閲覧)の作成者が松沢呉一(まつざわくれいち)だから、連続性がある、と断定しそうになるかもしれません。そこも今は保留にしておいてください。物事を分析するには順番があります。このニュースレターで追々考察していくので、継続してお読みください。
では、この三団体の主張を細かく見ていきましょう。
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2.売春擁護から買春擁護へ
「売春の自由党」を立ち上げた佐藤悟志は、「売春防止法」(法律第百十八号、昭三一・五・二四)による赤線廃止が、売春婦を危険にさらしたと主張します。
彼は赤線時代の「新吉原女子健康組合」がクリーンなセックスワーク確立に向け活動し、文芸活動もしていた(柳沼澄子編『明るい谷間:吉原の娘たちのうた』1952年、新吉原女子健康組合)ことに、自発的セックスワーカーが権利を要求する萌芽を見いだします。ここでは佐藤の主張をなぞりますが、組合は売春防止法に反対し陳情や国会答弁を行い、自分たちの仕事を奪うなと要求したのに、当時の日本社会党右派を例外に、他の政党やメディアに完全に無視された。しかもその活動は金目当ての嘘つきと非難されたといいます(「座談 性風俗と売買春」。松沢、スタジオ・ポット:266-268)。
赤線廃止により、売買春が現在のソープランドをはじめ非合法だが存在する業種に転じ、反社会勢力が中間搾取を行う構造を形成したことは、宮台真司も主張しています(「社会の中に性がある:売買春合法化に向けて」、要友紀子、水島希編著『風俗嬢意識調査』ポット出版、2004年:219-31)。ゆえに売春が合法化されれば、悪辣な勢力から、望まない性暴力を受けることを強制されることはなくなる。好きな人だけが自発的に、セックスワークに安心して従事できる。この主張は売春の自由党、UNIDOS、SWASH に一貫しています。
2023年に不同意性交罪が犯罪要件として法制化される可能性が出てきました。これも SWASH の主張と矛盾しません。
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本人が望まない性的行為はすべて暴力だ。このことがきちんと認められていくためには、性的自己決定権は本人にあるのだということが社会的に認められていかなければならない。そのためにも同時に、セックスワークをするという自己決定権も認められなければならない。なぜなら性的自己決定権とは、その性行為が暴力か暴力でないかをあくまでも本人が決める権利のことだからである
(要友紀子「伊田広行氏へ なぜ社会構造を理由に「売買春」が制限されなければならないのか」、松沢、スタジオ・ポット:196。太字は筆者による。)
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2000年に刊行された書籍の文書を、いま2023年の視点から批判するのは慎みましょう。
つまり SWASH が主張する売買春合法化の理念は、現代には通用しない、古いスローガンなのです。なるほど売春の自由党、UNIDOS、SWASH の理念は20世紀末から21世紀初頭には輝かしいものだったのかもしれません。しかしネット・グルーミングやデジタル・タトゥーが残る時代に、児童や主に女性が被る搾取や暴力の事後認知というファクトは、欧米や日韓でも認知されてきました。SWASH の目標は時代の変化を踏まえていない。その一点において昭和、平成の〝古き良き時代〟をイメージした、時代遅れで有害な主張なのです。
その有害性をもう一つ挙げます。
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[……]私は、「生身の人間が供給しなければならない」ことを正当化しようとしているのではない。できれば誰もが他人に依拠せずに生きることができればと願う。しかし、人は他人に助けられたり、甘えられたりすることもあるという現実を受け止めたい。
誰かがどこかで誰かの何らかの供給を受けて何とか生きているということを現実問題として受け止めた場合、生身の人間による性的行為の供給のみが取り立てて批判されるのだとしたら、人は性的行為で癒やされてはいけないということか。それならば[……]性に対する差別化・特別視ということがここでも浮き彫りになる。
(要「大治智子氏へ 「埋め合わせ」として「性を買う」ことはいけないことか」、松沢、スタジオ・ポット:134。太字は筆者による。)
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明らかに買春の合法化を唱える一節です。売買春が商行為として成立するためには需要、つまり買春者が必要になります。そこで売春の合法化という目標のためには、買春の合法化が必要となるわけです。
SWASH の性教育に私が強く反対する最大の理由はここにあります。売買春をビジネスにするために、主に男子の性欲を買春正当化に向けようとする刷り込みが行われようとしています。
それは取りも直さず倫理規範の書き換えです。橋爪大三郎はセックスワーカーの差別はいけないという主張を認めながら、セックスワーカーを他の労働者と同じに捉えることがどうしてもできないと逡巡を述べています(「風俗嬢の労働は、ごく普通の労働なのか」要、水島:194-199)。橋爪の姿勢を私は支持したいのです。
人は性急に改革を行ってはならない、改革をためらう勇気、そのためらいをもって粘り強く対話を続けてゆくことでしか、世の中は良くならない。倫理規範を再検証・再構築していくことは死ぬまで続く営みでしょう。己の非を認める痛みも引き受けなくてはなりません。その覚悟で思考し対話するためであれば、地位も権力も助成金も補助金も要らない。それどころか邪魔にすらなることがある。これが私の SWASH に対する反論となります。
次のメールマガジンにて、今回のつづき(その2)を配信します。
2023年3月24日 初版
2023年4月3日 第二版
SWASH に税金投入を阻止する一庶民
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